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Char - 気絶するほど悩ましい

チャー

チャーさん、恰好良かったですよね~
ギター抱えて「俺のギターについてくるかい?」って言われたら
「ハーイ!」って言っちゃう<このCM覚えてる人いるかな



日本でロックと言うと、やっぱバンドが多かったから
ソロのギタリストでシンガーとしては先駆者って言っていいかも
まあ、その前に
内田裕也さんとか寺内タケシさんとか、いたりするわけですけどね
高中正義さんは最初からソロでは無かったし
日本が誇るベーシスト、テツ山内さんはさらにその前だけど
そもそも歌ってないしなあ…

田端義夫さんは・・・つーかギタリストではあるが
ジャンルが違うってww 

tabata.jpg
流しと言えば田端義夫


けど、チャーさんとカタカナ書きでさん付けすると
チャーはん、チャーハンを連想するというかー
なんか間抜けになってしまうのでCharにしよう
呼び捨てゴメンチャイだけども

ちなみに今は無い某航空会社で
すっちー(これも死語)をしていた知人が
職業柄、芸能人に口説かれることが多かったわけですが
とあるロックスターに口説かれたとき
「Sさんも素敵だけど、ちょっと軽くて断った
 でも相手がチャーだったら、たぶん迷わなかった」
と言ってたなあ(遠い瞳)
はい、その方はとてもスラリとした美人さんでしたしね

まあ、彼女の話を聞くに、そんなにみんな軽いのかって
たくさんの芸能人、スターさんに幻滅したですよww


「ネイビー・ブルー」1976


こちらデビュー曲でした

お母様は医師で、子供の頃からピアノを習ってて
お兄さんの影響で8歳からギターを始められたそうです
影響を受けたミュージシャンはジミヘン、クラプトン
ベンチャーズ、ジェフ・ベックなどだったそう

小6のとき、同級生とFOXというバンドを結成し
ヤードバーズ、ドアーズ、ローリング・ストーンズをコピーし
14歳の時にはJAH(ヤッハ)というバンドを結成
ヤードバーズやクリームをコピーしてコンテストに出演し
16歳ではGAS MASKというバンドで
ヤマハ・ライトミュージックコンテストにオリジナル曲で出場
この頃はグラファンとかをコピーしてたとのこと
そして高校一年にして、スタジオミュージシャンとしてデビュー

17才の時Shockというバンドを結成するも解散
結構、色んなバンドを作っては…ですねっっ
しかし懲りずに1973年には
スモーキー・メディスンと言うバンドを結成します

うーん ここまでくるとバンド活動向いてないのでは??
やっぱソロで他メンバー従えた方がいいタイプの人だったのだと、はい

で、
「気絶するほど悩ましい」1977


これね Charと言えばこれってな曲でもあるんだけど
彼が志向していたブルースロックというよりは歌謡ロック
なんてったって作詞が阿久悠さんだし 
でも、歌謡ロック路線でメジャーになれたこと
決して卑屈に考えていないところがCharの割り切りの良さかな

「闘牛士」1978


「逆光線」1978


うん その割り切りの良さで世に躍り出て知名度上げて
その後自分の道を追求することをしたのが結果 功を成しました

我が道を行くって簡単なようで簡単ではないよねぇ
それも基礎的な実力があってこそ 
人脈とかその他含めてなんだけどね

でも素晴らしい、日本では希少なギタリストさんですからね

はい 私ボーカリストとしての彼はイマイチなんですけど
ギタリストとしては日本人の中でもピカイチだと思うし
一流のギタリストとして尊敬してますですよ
ものすごいファンてわけではないけれど 
日本のロック界に欠かせない人ですもん Charは

「LET IT BLOW」


「Smoky」


「Stylist」


「空模様のかげんが悪くなる前に」


「Dazed」


「Stereocaster」


布袋さんとも共演してたり


そして今も現役で
マイペースに自分らしく活動されているのが何よりで嬉しいですね 
これからもいつまでも生涯現役で頑張って欲しいなあ
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